大阪家庭裁判所堺支部 昭和35年(家イ)43号 審判 1960年7月29日
〔解説〕妻が婚姻前に生んだ夫の子でない者につき、婚姻後に夫から夫婦間の(準正)嫡出子として虚偽の出生届をした場合、この戸籍法六二条(旧戸籍法八三条後段)に基づく出生届については、真実の父母が同条に基づいてした嫡出子出生届と同様に認知の効力を認める積極説(注1)と、これを認めない消極説(注2)とがある。本審判は後者の見解に立ち、右父子関係を否定するには認知無効確認の裁判を要せず、通常の親子関係不存在確認の裁判をもつて足りるとしたものである。要は、真実の父でない者がしたこの嫡出子出生届につき、認知という形成効をともなつた創設的届出の効力をも併有するとみるか、或いは単なる出生の事実の報告的届出に止まるとみるかにある。今後の判例の動きに注目したい。
なお、本件における戸籍の取扱としては、改めて生母から、非嫡出子出生届をさせ、出生の当時母の属していた戸籍に入籍させるのが相当であろう。
注1 昭和三四年七月九日第五三回戸籍事務連絡協議会第二問(家裁月報一一巻一一号一七四頁)
2 小石寿夫「戸籍法六二条の解釈について」(戸籍142号一頁)
申立人 李久美子(仮名
相手方 福本和郎(仮名)
主文
申立人と相手方との間に親子関係がないことを確認する。
理由
本件申立理由の要旨は、申立人は戸籍上相手方(旧氏名李根高)とその妻福本なみとの嫡出子として出生したように記載されているが真実はそうでなく、福本なみが日本人たる他男との間にもうけた非嫡出子である。即ち、なみは、本籍茨城県行方郡潮来町大字潮来○○○番地川野伸太郎同なかの長女として生まれたが、戸籍上は本籍前同、川野公之助同きいの長女として記載されているところ、昭和一〇年一月○日当時婚外関係にあつた日本人某男との間に申立人をもうけたがその出生届出を怠つたまま数年を経過するうち、申立人を連れて相手方と事実上の結婚をし昭和一四年八月○日に婚姻の届出を済ませたところ、その頃なお申立人の出生届がなされていなかつたので、相手方において、同年九月○○日申立人を上記なみとの間に出生した嫡出子として虚偽の出生届出をなした為め、戸籍にそのように誤つて登載された。ところで、相手方となみとは、昭和三二年五月二三日帰化により日本国籍を取得したが、申立人は、相手方の子でないことの故をもつて帰化を認められなかつた為め、申立人のみが形式上相手方の原国籍にとどまつた。そこでこのたび申立人の国籍関係を明かにするため、申立人と相手方との間に親子関係が存在しない旨の審判を求める、というのである。
よつて審案するに、当裁判所が昭和三五年四月一二日に開いた調停委員会で当事者間に主文同旨の合意が成立し、その原因事実についても争がないし、更に必要な事実を調査したところ、申立事実全部を認めることができ、上記合意の正当なことが認められる。ところで上記事実からみると、相手方のなした嫡出子出生届出は真実に符合しないものであること明かであつて、認知の効力を生ずるものではない。蓋し、戸籍法第六二条は、民法第七八九条第二項の規定によつて嫡出子となるべき者について真実の父母(通常多くは父)から嫡出子出生届出がなされた場合、このような報告的性質を有する出生届に便宜上認知の効力を与える趣旨であつてその届出をした父が子の真実の父でない場合には、その嫡出子出生届出によつて同条の定める認知の効力は生じないものと解するのが相当だからである。なお申立人は、外見上外国籍を有するもののようであるが、相手方の上記不実の嫡出子出生届出によつて相手方との間に親子関係をもつものではないから、相手方の原国籍たる外国籍を取得する理由はなく、依然日本人たる母の生んだ子として日本国籍を有するものである。
してみると、本件申立は、日本人たる申立人と相手方との間において親子関係の不存在を求めるものであつて、その理由あることは敍上によつて明かであるから、これを正当として認容し、主文のとおり審判する。
(家事審判官 西尾太郎)